大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(行ウ)38号 判決 1991年2月27日

原告

矢野三千男

被告

小松﨑軍次

右訴訟代理人弁護士

山下一男

主文

一  本件訴えのうち、被告に対し昭和五二年度から昭和六一年度までの事務委託料、役員報償費、区政功労者表彰費及び感謝状贈呈式等費の支出による損害賠償金及びその遅延損害金を東京都江東区に支払うよう求める請求に係る訴えの部分を却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、東京都江東区に対し、三億八六九五万三八三九円及びこれに対する平成元年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

本件訴えを却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

2  本案に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、東京都江東区(以下「江東区」という。)の住民であり、被告は、江東区の区長である。

2  公金の支出

江東区は、昭和五二年度から昭和六三年度までの間に、区内の町会、自治会及び地区連合町会並びに江東区町会連合会(以下「町会等」という。)に対する事務委託料及び役員報償費並びに区政に功労のあった町会等の役員に対する区政功労者表彰費及び感謝状贈呈式等費を別紙記載のとおり支出(以下「本件支出」という。)した。

3  支出の違法

(一) 事務委託料及び役員報償費について

町会等は、地域住民が生活上の必要から組織した任意団体であるが、法人格もなく、また、社団としての実体を備えていないから権利能力なき社団にも当たらない。したがって、町会等は、権利義務の主体とはなり得ず、江東区との間で事務委託契約を締結して、江東区から事務委託料を受領したり、役員報償費を受領したりすることはできない。

また、江東区が寄付又は補助を行うことができるのは、その公益上必要がある場合に限られるところ(地方自治法二三二条の二)、町会等は積極的に公益的な事業を行うことを目的としない単なる地域の親睦団体であり、町会等に対する事務委託料及び役員報償費の支出が公益に合致しないことは次に述べるとおりである。すなわち、町会等に右各費用をその名目の下に支出し、その財政補助をすることは、町会等を江東区の行政補助機関化させ、その結果、町会等が有すべき自主性を阻害するから、町会等にとっても好ましくないものであるのみならず、地方自治の本旨に照らせば、江東区とその住民との関係は、本来、住民の自発的な活力が直接に区政に反映され、また、江東区が住民に対して直接に責任をとるといった関係になければならないのに、江東区が町会等に事務を委託するなどして、江東区と住民との間に町会等を介在させることは、江東区と住民との間の右のような直接的な関係の確保を困難とすることになるのであって、右各費用の支出が公益に合致するものでないことは明らかである。

したがって、江東区が町会等に対し事務委託料及び役員報償費を支出することは違法である。

(二) 区政功労者表彰費及び感謝状贈呈式等費について

町会等の役員は、自発的なボランティア活動である町会等の活動の世話役であって、その労苦に対し町会等が慰労の措置をとることはともかく、行政機関である江東区が町会等の役員を区政功労者として表彰したり、これに感謝状を贈呈したりする合理的な理由は存在しないのみならず、江東区による右のような区政功労者表彰等は、本来自主性を有すべき町会等を江東区の行政補助機関化するための便法となっている。

したがって、江東区が区政功労者表彰費及び感謝状贈呈式等費を支出することは違法である。

4  被告の責任

被告は、江東区長としての公金の支出権限を濫用して本件支出をし、又は、江東区の行政の最高責任者として本件支出につき支出権限を有する総務部長等の担当職員に対する選任監督責任を怠って本件支出をさせたから、本件支出につき江東区に対する損害賠償責任を免れない。

5  江東区の損害

江東区は、本件支出により、その合計額三億八六九五万三八三九円相当の損害を被った。

6  監査請求

原告は、昭和六三年一二月一九日江東区監査委員に対し、地方自治法二四二条に基づき、監査請求書を提出して監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたところ、同監査委員は、同月二八日付けで原告に対し、①監査の対象事項の特定、②違法性の根拠及び③要求する措置の内容を明確にするよう補正を求めたので、原告は、平成元年一月九日監査請求補正書を提出してこれらの点について補正したが、同監査委員は、同月一八日付けで原告に対し、本件監査請求は、右補正によっても違法とする理由が明らかではなく、要求する措置の内容も単なる事実の照会にすぎないから不適法であるとして、これを却下する旨の監査結果を通知した。

7  原告は、右の監査結果に不服であるので、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、江東区に代位して、被告に対し、本件支出相当額三億八六九五万三八三九円の損害金及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成元年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を、江東区に対して支払うことを求める。

二  本案前の被告の主張

1  本件監査請求は、単なる事実の照会を求めたものにすぎず、不適法であるから、本件訴えは、適法な監査請求を経由せずに提起された不適法なものである。

2  本件支出のうち昭和五二年度から昭和六一年度までの支出部分は、遅くとも昭和六二年三月三一日までには支出済みであるところ、原告が本件監査請求をしたのは、昭和六三年一二月一九日であるから、右支出部分については、監査請求の時点において既に支出から一年以上経過しており、監査請求は不適法であった(地方自治法二四二条二項本文)。したがって、本件訴えのうち右支出部分に関する訴えは、適法な監査請求を経由せずに提起された不適法なものである。

3  本件支出のうち昭和六二年度及び昭和六三年度の支出部分中、区政功労者表彰費のうちの江東区表彰審査会の委員に対する報酬(昭和六二年度六万円、昭和六三年度四万五〇〇〇円)を除いた費用及び感謝状贈呈式等費については、契約事務規則(昭和三九年江東区規則第一一号)三条の二及び同規則別表により、それぞれ被告の支出負担行為権限が総務部長、地域振興部長等に委任されているから、被告には支出の権限はない。したがって、本件訴えのうちこれらの費用の支出部分に関する訴えについては、被告は、地方自治法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当しない。

三  本案前の被告の主張に対する原告の反論

1  監査委員は、監査をするに当たって、請求人に証拠の提出及び陳述の機会を与えなければならないところ(地方自治法二四二条五項)、本件監査請求の請求人である原告は、本件監査請求の趣旨の変更及びその原因の追加並びに詳細な事実上及び法律上の主張を右の陳述の機会を与えられた際に行うこととして、その準備をしていたが、江東区監査委員は、原告に対して証拠の提出及び陳述の機会を与えないまま、違法に本件監査請求を却下し、原告から本件監査請求の趣旨の変更及びその原因の追加をする機会を奪ったのである。このような事情からすると、被告が、本件監査請求をもって、単なる事実の照会を求めたものにすぎず不適法であるとの被告の主張は失当といわなくてはならない。

2  地方自治法二四二条二項本文が監査請求期間を定めたのは、地方公共団体の機関、職員の行為をいつまでも争い得る状態にしておくことは法的安定性の見地から好ましくないので、なるべく早く確定させようとする趣旨であるが、正当な理由があるときは監査請求期間の経過後であっても監査請求をすることができるとする同項ただし書は、社会正義ないし法の合目的性に配慮し、監査請求期間の経過後であっても特に監査請求を認めるだけの相当な理由があるものについては、同項本文の適用から除外すべきことを規定しているものである。しかるところ、本件支出は、地方自治の本旨に反するものでありながら、一種の制度化、慣行化しているものであるから、監査請求期間が経過したというだけで、これを監査請求及び住民訴訟の対象にすることができないとすれば、本件支出が制度化、慣行化していることが事実として是認されることになり、地方自治の本旨が没却され、社会正義が否定される結果となる。

また、事務委託料及び役員報償費については、これら費用を江東区が町会等に支出していることは、町会及び自治会の一般会員は全く知らないことである。

したがって、本件支出のうち昭和五二年度から昭和六二年度までの支出部分は、支出から一年を経過した後に監査請求をしたことにつき正当な理由があるというべきである。

3  もともと本件支出は違法なものであるから、被告がこれを適法に行いうる権限を有するはずはなく、本件支出に関し権限を下部職員に委任する規則の制定をしても、その規則は違法無効なものであり、したがって、その規則により権限を委任された総務部長等も本件支出を適法に行いうる権限を有することになるはずはない。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2について、別紙記載のうちの昭和五三年度の感謝状贈呈式等費が一九四万一〇〇六円であること、感謝状贈呈式等費の各年度合計が二七六〇万一八八四円であること及び本件支出の総合計が三億八六九五万三八三九円であることを否認し、その余の事実は認める。

昭和五三年度の感謝状贈呈式等費は一九一万四〇〇六円、感謝状贈呈式等費の各年度合計は二七五七万四八八四円、本件支出の総合計は三億八六九二万六八三九円である。

3  同3のうち、町会等が法人格を有しないことは認め、その余は争う。

4  同4及び同5は争う。

5  同6の事実は認める。

6  同7は争う。

五  被告の主張

1  事務委託料について

町会等は、対象地域の住民そのものとは別の組織体であり、多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定しているので、権利能力なき社団というべきである。

今日の行政は、住民の理解と協力が得られなければ、その円滑な実施をはかることができず、所期の成果を挙げることは困難である。そこで、江東区では、町会等に行政と住民とのパイプ役になってもらうことを期待して、次に掲げるような一定の事務を町会等に委託し、これに要する経費を事務委託料として支出している。

(町会及び自治会への委託事務)

(一) 各種事務事業の住民への周知、文書等の配付

(二) 各種募金活動への参加

(三) 生活環境、保健衛生事業への参加

(四) 公共施設建設の地元説明会への参加

(五) 交通災害共済事業への加入促進

(六) 社会教育、消費者施策、文化行事等への参加

(七) 統計調査員等各種公的委嘱委員の候補者推薦

(地区連合町会及び江東区町会連合会への委託事務)

(一) 町会及び自治会に委託された事務の相互調整

(二) 次に掲げるような江東区の広域的かつ重要な施策について、大会、訓練等の事業への参加、住民への周知事務

① 特別区制度改革の推進事業

② 地下鉄八号線、一一号線の建設推進事業

③ 防災訓練

④ 江東区民まつり

このように、地方公共団体が一定の非権力的事務の一部を私人に委託して処理することは、その裁量に任されていると解すべきであるから、江東区が右のような事務を町会等に委託し、その経費として事務委託料を支出することは何ら違法ではない。

2  役員報償費について

江東区は、右1のとおり、町会等に対して一定の事務を委託しているところ、これらの事務の処理は、町会等の役員が率先して行っている実情であるため、区の事務の処理のために役員が活動する際の会議費や交通費など事務委託料ではまかない切れない経費の一部に充当してもらう趣旨で、江東区が町会等に対して会員数に応じて支出しているのが役員報償費である。事務を委託している以上、その経費を補填することは当然のことであって、役員報償費の支出は何ら違法ではない。

3  区政功労者表彰費について

区政功労者表彰費は、東京都江東区表彰規則(昭和二九年江東区規則第一号)に基づき、区内において公共の事業に尽力し、又は公共の事務に従事してその功労が顕著な者を、区政功労者表彰選考基準に従い、かつ、江東区表彰審査会にはかって表彰しているものであって、社会通念上相当な行為であり、何ら違法ではない。

4  感謝状贈呈式等費について

町会等の役員に対する感謝状の贈呈は、右3の区政功労者表彰の対象とならない副会長以下の役員であった者で一定の基準に該当する者を対象として、区長が区民を代表して役員の労苦に報いるため感謝状と記念品を贈呈するものであって、社会通念上相当な行為であり、何ら違法ではない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一本件訴えの適否について

1  請求原因1(当事者)は当事者間に争いがない。

2  監査請求経由の有無

(一)  被告は、本件監査請求をもって単なる事実の照会を求めたものであるから不適法であると主張する。

そこで検討するに、請求原因6(監査請求)の事実は当事者間に争いがなく、右事実と本件記録中の監査請求書(写し)によれば、本件監査請求に係る監査請求書には、町会等に対する役員報償費、事務委託料及び区政功労者表彰費の支出の実態等を明らかにすることを求める趣旨が窺われる記載とともに、右各費用の支出が違法であるとして、具体的な年度や金額の記載はないものの、被告に損害賠償をさせる等江東区の損害を填補するために必要な措置を講ずることを求める旨が記載されており、さらに、本件記録中の監査請求補充書(写し)を合わせ考えると、原告が監査委員の求めに応じて提出した監査請求補充書には、事務委託料、役員報償費、区政功労者表彰費及び感謝状贈呈式等費の支出を憲法九二条、地方自治法一条等に違反する違法なものであるとして、被告に損害賠償をさせる等江東区が被った損害を填補するために必要な措置を講ずるよう求める趣旨が記載されていること、しかし、昭和六二年度の事務委託料、役員報償費及び感謝状贈呈式等費につき金額が明示されているだけでその他には具体的な年度や金額の明記はないことが認められる。右によると、本件監査請求は不完全なものではあるが、単なる事実の照会を求めたにすぎないとすることはできない。

ところで、原告は、本件訴えにおいて、昭和五二年度から昭和六三年度までの事務委託料、役員報償費、区政功労者表彰費及び感謝状贈呈式等費の支出を対象としているが、右によると、本件監査請求の対象となる支出が本件訴えの対象ほど広範囲のものであるといえるかにはいささか疑問もないではない。しかし、後に(二)で述べるとおり、昭和六一年度以前の右各費用の支出については、それが本件監査請求の対象となっているとしても、その監査請求は不適法であって、本件訴えのうち右支出部分に関する訴えは不適法であるから、ここでそれが監査請求の対象となっているかを判断する必要はなく、また、右の事実からすれば、本件監査請求は少なくとも昭和六二年度以後の右各費用の支出についてはこれを対象としているとみられないわけではないから、昭和六二年度及び昭和六三年度の右各費用の支出については、本件訴えは適法な監査請求を経ているものと解し得ないではない。

(二)  監査請求は、正当な理由がある場合を除き、違法または不当な公金の支出があった日から一年を経過した時は、これをすることができないとされている(地方自治法二四二条二項本文)。しかして、本件監査請求が昭和六三年一二月一九日にされたことは当事者間に争いがなく、また、本件支出のうち、昭和六一年度以前にされた部分は、遅くとも昭和六二年三月三一日までに支出されていることが明らかであるところ(地方自治法二〇八条参照)、原告は本件支出は一種の制度化、慣行化したものであって、監査請求期間が経過したというだけでこれを監査請求及び住民訴訟の対象にすることができないとすれば、本件支出が制度化、慣行化していることが事実として是認されることになり、地方自治の本旨が没却され、社会正義が否定される結果となるし、また、事務委託料及び役員報償費については、江東区がこれを町会等に支出していることは、町会及び自治会の一般会員は全く知らないことであるとして、右の正当な理由があると主張する。

しかし、右の正当な理由とは、請求人が監査請求の対象となる行為を知り、又は監査請求をすることにつき何らかの客観的な障害があって監査請求期間内に監査請求をし得なかった場合等をいうものであって、監査請求の対象となる行為自体の内容ないし違法性の程度に関わるものではないから、原告主張の如き事由をもって右の正当な理由があるとはいえないことは明らかである。また、原本の存在及び書込み部分以外の部分の成立に争いのない甲第三ないし第一二号証の各書込み部分以外の部分によれば、昭和五二年度から昭和六一年度までの事務委託料及び役員報償費の支出は、右各年度の江東区の決算実績報告書において明らかにされているから、原告を含む江東区民がこれを知ることに客観的な障害はなかったというべきである。したがって、原告の右主張は理由がない。

そうすると、本件監査請求は、本件支出のうち昭和六一年度以前の支出部分については、監査請求期間を徒過した不適法なものである。

(三)  右(一)及び(二)によると、本件訴えは、本件支出のうち昭和六二年度及び昭和六三年度の支出部分については適法な監査請求を経ているが、その余の支出部分については適法な監査請求を経ていないものとして不適法なものというべきである。

3  権限の委任について

被告は本件支出のうち昭和六二年度及び昭和六三年度の支出部分中、区政功労者表彰費のうちの江東区表彰審査会の委員に対する報酬を除いた費用及び感謝状贈呈式等費については、支出負担行為の権限が被告から総務部長、地域振興部長等に委任され、被告には支出の権限がないから、被告は地方自治法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当しないと主張する。

ところで、本件訴えにおいては、違法な公金の支出が対象となっているところ、この公金の支出は、一般に、原因となる支出負担行為がされ、それに基づいて支出命令が出され、しかる後に現実の支出に至るものであり、右のうち支出負担行為及び支出命令の権限は、本来的には地方公共団体の長に(地方自治法一四九条二号)、また、現実の支出は出納長又は収入役に属する(同法一七〇条一、二項)。そして、本件訴えが地方公共団体の長の地位にある被告を相手方とするものであることを合わせ考えると、本件訴えにおいて問題とされる公金の支出は、支出負担行為及び支出命令の双方を指称するものと解されるから、被告が支出負担行為の権限だけを委任したからといって、被告の公金の支出の権限が失われるものではない。しかるところ、被告の右主張は支出負担行為の権限のみの委任を主張するにすぎないから、被告が本件の公金の支出の権限を有しないとする主張としては十分ではなく、右主張は採用することはできない。

二本案について

1  以下、本件支出のうち昭和六二年度及び昭和六三年度の支出部分に関する請求の当否について判断する。

右支出部分が別表の該当欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

2  事務委託料及び役員報償費の支出について

(一)  原告は、町会等は法人格もなく、権利能力なき社団にも当たらないから、江東区との間で事務委託契約を締結して事務委託料を受領したり、役員報償費を受領したりすることはできず、また、町会等に対して事務委託料及び役員報償費の名の下に財政補助をすることは公益に合致しないから、江東区が町会等に事務委託料及び役員報償費として公金を支出することは違法であると主張するところ、町会等が法人格を有しないことは当事者間に争いがない。

(二)  しかしながら、<証拠>によれば、町会等の法的性格について次の事実が認められる。

(1)  町会は、区内の一つの町の区域を単位として、その住民で組織されたいわゆる町内会組織であり、戦時中から戦後にかけて一時期各区の末端行政機関として行政に組み入れられていたが、その後、各区で設置している出張所にその業務が引き継がれてからは、会員相互の扶助、福祉の向上等を目的とした任意団体となり、防犯、防火、衛生、文化、社会事業、教育、祭典等に関する事業等を行っている。また、自治会は、主として集合住宅等において管理組合とは別に住民の親睦、慶弔等を目的として組織された自治組織である。

(2)  地区連合町会は、区内の九に区分された地区毎の町会及び自治会を構成員として、その間の相互の連係を密にし、町民の生活環境及び福祉の向上を図ること等を目的として設立され、各関係機関との折衝、地方公共団体との意見の交換及び協力等の事業を行っている。また、江東区町会連合会は、区内の全地区連合町会を構成員とし、町会相互の親睦を図り区民の文化向上、福祉の増進とともに、区が行う町造りに協力し、また区等の行政機関に対して意見を述べることを目的として設立され、公共事業推進に関すること等の事業を行っている。

(3)  町会等では、いずれも会長、副会長、会計等の役員が選任され、議決機関として、総会あるいは理事会のほか役員会等が置かれており、重要事項は、これらの議決機関で決定され、その際、議決は、多数決によることとされている。

(4)  町会等は、その構成員から納入される会費、寄付金等の収入により経費を支弁している。

右認定の事実によれば、町会等は、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していると認められないではないから、権利能力なき社団に当たるということができる。

(三)  また、<証拠>によれば、江東区から町会等への事務委託について、次の事実が認められる。

(1) 江東区では、四〇万人近い区民に対して区の行政施策等を周知徹底させるため、町会等に行政と住民とのパイプ役になってもらうことを期待して、昭和三三年から毎年、被告の主張1に掲げるような一定の事務を町会等に委託するとともに、この事務委託に伴う経費の一部として事務委託費を交付し、さらに、委託事務を処理のために役員が活動する際の会議費や交通費などの経費の一部として役員報償費を交付している。

(2) 町会及び自治会については、江東区に登録制度があり、住民団体からの申出により、会員数、区域内の組織率、会則等について一定の基準に合致したものについて、町会あるいは自治会として区に登録し、登録された町会及び自治会にのみ右(1)の事務委託をしているが、右の町会及び自治会の数は、昭和六三年ころ二五〇余に及んでいた。

(3) 江東区が町会等に事務を委託する際には、委託契約書を取り交わしておらず、口頭で契約を締結しているが、契約事務規則により、一定金額の範囲内の予算の執行について、競争入札になじまないものは随意契約によることができ、随意契約による場合には、契約書の作成を省略できることとされている。

(4) 事務委託費及び役員報償費については、毎年予算に一定の金額が計上され、議会の議決を経た後、区の内部で各町会等に配分する金額を決定した上、区長名で各町会等に事務委託費の交付決定を通知し、通知を受けた町会等の代表者から請求書及び交付金を振込むための口座振替依頼書の提出を受けて、支出の手続をする。

(四)  ところで、地方公共団体の事務のうちには、これを私人に委託して処理することが許容されるものもあり、それを地方公共団体の長を中心とする執行機関が自ら処理するか、私人に委託して処理するかは、地方公共団体(執行機関)の裁量に委ねられていると解すべきところ、右(二)及び(三)の事実に右1の事実を総合すれば、江東区は、権利能力なき社団である町会等との間で毎年、被告の主張1に掲げる事務を委託する旨の契約を締結し、その委託事務の経費の一部に相当する右1の金額を事務委託料及び役員報償費として右(三)の(4)の手続のもとに町会等に対して支出していることが認められ、その委託している事務の内容、事務委託料及び役員報償費の金額並びに支出手続等に鑑みると、江東区が町会等に事務を委託して、事務委託料及び役員報償費を支出することは、右裁量の範囲内にあるということができる。

したがって、右(一)の原告の主張は、理由がないというべきである。

3  区政功労者表彰費及び感謝状贈呈式等費の支出について

(一)  原告は、江東区が町会等の役員を区政功労者として表彰したり、これに感謝状を贈呈したりすることは、合理的な理由がなく、また、町会等を江東区の行政補助機関化するための便法となっているから、区政功労者表彰費及び感謝状贈呈式等費を支出することは違法であると主張する。

(二)  そこで検討するに、<証拠>によれば、区政功労者表彰及び町会等の役員功労者に対する感謝状の贈呈について、次の事実が認められる。

(1) 江東区では、昭和二九年から毎年、同区の公共の事業に尽力し、又は公共の事務に従事し、その功労顕著なる者を東京都江東区表彰規則に基づき、江東区表彰審査会にはかった上で、区政功労者として表彰しており、表彰状および金品を贈呈して、その功績を公表している。

町会自治会関係者については、当初、町会長及び自治会長のみが表彰の対象とされていたが、現在では、町会長及び自治会長については、①役員の在任期間一〇年以上(うち会長一年以上)の者及び②江東区発足(昭和二二年三月一五日)以来、会長の在任期間五年以上の者が、町会副会長及び自治会副会長については、役員の在任期間一五年以上の者のうち副会長の在任期間八年以上の者が表彰の対象とされている。

(2) 町会等の役員功労者に対する感謝状の贈呈は、右(1)の区政功労者表彰の対象とならない町会及び自治会の副会長以下の役員であった者が、実際の町会等の運営に当たって町会長及び自治会長の手足となって活動していることから、区長が区民を代表して、これらの役員の功労、功績に報いるべく感謝状と記念品を贈呈する制度であり、役員の在任期間が一五年以上であり、町会等の活動に功績のあった者がその対象とされている。

(三)  地方公共団体が町会等の役員について、これを区政功労者として表彰したり、これに感謝状を贈呈したりすることは、それが社会通念に照し妥当性を欠くと認められない限り、その裁量に委ねられていると解されるところ、右(二)の事実に右1の事実を総合すると、町会等の役員に対する区政功労者としての表彰及び感謝状贈呈は、いずれも、その内容、対象者の選考基準、費用額に照らし、社会通念に照し妥当性を欠くものといえないことは明らかであり、したがって、江東区がこれらの費用である区政功労者表彰費及び感謝状贈呈式等費を支出することは、その裁量の範囲内にあるということができる。

そうすると、被告が区政功労者表彰費の一部及び感謝状贈呈式等費の支出負担行為を下部職員に委任し、同行為は被告が行ったものではない旨の被告の主張につき判断を加えるまでもなく(すなわち、同行為が被告によって行われたか被告の委任した下部職員によって行われたかにかかわらず)、原告の右(一)の主張は、理由がないというべきである。

4  以上によれば、請求原因3の原告の主張が理由のないことは明らかであり、したがって、原告の本件訴えは、昭和五二年度から昭和六一年度までの事務委託料、役員報償費、区政功労者表彰費及び感謝状贈呈式等費の支出による損害賠償金及びその遅延損害金を江東区に支払うよう求める請求に係る訴えの部分については不適法であるからこれを却下し、原告のその余の請求(昭和六二年度及び昭和六三年度の支出による損害賠償金及び遅延損害金の請求)については理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官石原直樹 裁判官深山卓也)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例